ドクター青木のぞうさん日記

makenaizone主宰の青木正美が、自分の生活の中でできるボランティアとは何かを考え、実行してみよう、そんな四方山話を綴ります。
Dr Aoki's Prescription...

2013.7.10

2013年7月10日 水曜日

午後から関西学院大学の災害復興研究会。
14時から福島避難者研究会の医療部会、17時から本研究会。時間近くぶっ通しの研究会、さすがに疲れる。

医療部会は、今年度中にザックリとした提言を書こうということで、秋には叩き台を作ることとする。

思えば、「原発事故子ども・被災者支援法」が事実上棚ざらし状態になったこの春、医療部会は発足をした。
まだ4回目なのだが、少人数のせいか、お互いの信頼関係が増す中で忌憚のない意見を交わす事が出来るようになってきた。

今回の原発災害に関しては、多様な被災の景色があり、様々な被災者が居られ、モデルケースなどというものが存在しない。
だからこそ、本当に信頼関係の無い人々とは、本音の意見が交わせない。

ということで、研究会の方は少しづつ進展していて、この先をもっともっと追ってっみたい展開になってきた。

さて、このところ急浮上してきた汚染水問題。
選挙戦の最中に、どうしてこれだけの数字が出てきたのだろう。アンチ原発派のリークか?……ところが、どうもそうではないらしい。
選挙戦の最中には、かなり重大な件を発表しても、選挙戦自体の候補者や党首討論などのバリューを超えることはないのだそうだ。
唯一、吉田元所長の死は、少し情動に訴えたのだが、それもやがては消えてゆく。

しかし、燃料棒が地下水脈に当たったのか。すると地下水がことごとく汚染されるのではないか。
関東一円?もちろん奥羽地方周囲までも。フォッサマグナは超えないのだろうか。
自分の遠い昔からの疑問の続きが頭を巡り始めた。

この解を誰も知らないのだ。
やはり実測しかないのだろうか。ふう。
IMG_4564


2013.7.9

2013年7月9日 火曜日

ウクライナでは原発事故のあと、処理に当たった作業員のことをリクビダートルと呼び、今でも尊敬を集めている。

チェルノブイリ原発4号機から約10分ぐらい走った所に、チェルノブイリ消防隊員の追悼の碑が建っている。
あの事故の直後から、命と引き換えに火の手が上がる原子炉のその下にトンネルを堀り進めたリクビダートルの中でも、最も先に原子炉に近づいて作業をしたのが、チェルノブイリ消防隊員だった。

その後、次々と軍隊が招集された。その数は合計、60〜80万人にもなるという。
一説に因ると、20万人ほどのリクビダートルが亡くなったとも言われている。

その消防碑の前で、私たちのバスは止まり、記念撮影のために降ろされた。今にも降り出しそうな遠雷の鳴り響く中の出来事だった。
大雨に濡れても消防碑は見学せよという、元リクビダートルの案内人の強い意図が見えた。そこで誇らしげに碑についての説明を彼はした。花が沢山手向けられていた。

今日、福島第一原発の吉田元所長が亡くなったというニュースが入ってきた。
福島原発の事故とチェルノブイリ原発事故との、一番の相違点を考えると、リクビダートルが心から厚い尊敬を受け、社会的にも遇されていることだ。

即刻原発を止めてゆく事ももちろん大切であるけれども、私は今の6次下請け7次下請けダンピング方式のような世界を、いの一番に改善してゆかなくてはとまず思ってしまうのだ。

吉田元所長が亡くなった今この時期に、原発労働者のことをもっともっと真剣に考えてゆかなくては。
吉田さんのような親会社の正社員よりも、圧倒的多くの非正規の労働者が福島第一原発では働いておられる。
そうして、その人たちの活躍によってのみ、我々の生活が支えられているのだから。
この連日の猛暑の中で……。


2013.7.8

2013年7月8日 月曜日

8日、原発の稼働に関する新規制基準が施行されて、早速に10基の再稼働審査申請が原子力規制委員会に提出された。

再稼働に付いて、全ての電力会社が揃いも揃って、「経済的に逼迫している」というコメントを出している。

これを受けて、規制庁とマスコミが用意した「模範解答」は、まずシビアアクシデントに対する備え、重要免震棟がある、津波に対しての防潮堤の用意、住民の避難路確保、フィルターベントの可否、といった所のチェックしか思いついていないらしい。

まず地震が地中で起こると震源断層面が剥がれる。一旦剥がれ始めると止まらない。而して、その地震動そのものに因って大小さまざまなパイプなどが破断する。
311では、こうした破断が非常に大規模に起こって、そこに追い打ちをかけて津波がやってきて全電源喪失につながったのではないのか、と。

わたしはこの脆弱な日本列島に、原発が立地できる土地柄があるとは到底思えないのだ。だから、もしも再稼働したいという原発があるならば、震源断層面がズレることによって、原発装置の様々な破断が起こらないことを証明することが最低条件になるはずだ。

それが証明できるまで、いくらでも時間を費やすべきではないだろうか。原発が止まっているイコール赤字が膨らんでい行くというならば、国は「311原発特措法」を制定して、各電力会社の収支決算から原発部分だけ独立させて、分離決済にすればいいではないか。
原発をくっつけたままの言わば連結決済を、一時凍結させればいいではないか。

経済を知らぬ者の戯言だと笑わば笑え。
現在の窮地を救うのは、何時の時代だって「若者」「よそ者」「バカ者」なのだから。
IMG_4552


2013.7.7 七夕の夕に

2013年7月7日 日曜日

完ぺきな虹が現れた、17時30分頃。
君は虹を見たか。
IMG_4540


2013.7.6

2013年7月6日 土曜日

午後から日弁連へ。
福島原発事故基調報告書の打ち合わせとウクライナ視察旅行の総括を、10月の人権大会にむけて。

日弁連の中の多岐に渡る委員会のメンバーが一緒になって、侃々諤々と意見を出し合う会だった。ものすごい迫力だ。先輩も後輩も女性も男性もなく、お見事なり。

面白いなぁ。医師会ではもう少し予定調和を目指すのではないかなぁ、などと議論に聞き入っていたら、急に意見を振られてしまい議論の輪の中に入る。

20人ちょっとの弁護士の中で医者一人というのも、アンバランス極まりない。
この事故が始まってから、つくづく思うのだが、今こそ医療者と法律家が歩調を揃えて歩んでゆかなくてはならない、と。

夕方、会が終わって、ちょっと一杯ということになった。
日比谷公園を横断して有楽町へ。
今日が誕生日の福島の渡辺淑彦弁護士を囲む。
お互いの健康を案じながら、帰路に着く。
今夜も熱帯夜だ。
IMG_1110

ページトップへ Top of page