女性医師が変わり始めた晩 日本女医会東京都支部総会

2012年11月14日 水曜日

私が学術・広報委員をしている日本女医会東京都支部の総会が今年も11月10日にあった。
毎年の講演会は、私がアレンジをすることになっている。
今年は、佐賀県支部の太田記代子医師と脇ゆうりか氏と私の3人で、原発と内部被爆のシンポジウムを行う事にした。

太田記代子医師は、昨年まで2期佐賀県議員をされており、佐賀県の玄海原発の事故の隠蔽問題や、日本初の玄海原発3号機のプルサーマル化にずっと反対を唱えてこられた県議だった。
何年も前から電話ではしょっちゅうお話をしていたが、実は一度もお会いしたことがなかったこの大先輩に、ぜひともプルサーマルのお話をお聞きしたくて、シンポジストとしてご登壇頂いた。
もう一人、脇ゆうりかさんは銀座の災害&防災を一緒に考えてきた、古くからの私の仲間である。今回の震災では、その脇ちゃんの地元・千葉県の松戸市が関東のホットスポットになってしまい、松戸・柏・流山などのママたちで「こども東葛ネット」を作って活動している。この夏には茨城の常総生協さんといっしょに千葉県と茨城県の大規模な土壌沈着量の調査を行ったグループの副代表をしている。それでぜひとも土壌汚染の話をしてもらいたかった。
脇ちゃんたちが「東葛地域は線量が高い。あの日、子どもを無用に被曝させてしまった」と声を上げて活動しはじめた時、この国の行政や政治家たちをはじめ、一部のマスコミからも「頭のおかしい過激な母親たち」というレッテルが貼られてしまい、色々な分断を経験して苦しい思いをしてきたのだった。けれども今は、地道に勉強をして着々と進化を遂げているママたちのトップランナーだ。

日本女医会東京都支部の総会なので、当然ながら聴衆はみな女性医師である。
太田記代子医師からプルサーマルの成り立ちと、これがいかに危険な原子炉であるのか問題提起された。ウランを燃やすために作られた原子炉でプルトニウムを燃やすのは、例えてみれば「石油ストーブでガソリンを燃やすようなもの」「プルトニウムはウランの250倍爆発しやすい物質」「ウランとプルトニウムの混合比が英仏は3%なのに対して日本では6%であり、爆発のし易さは英仏の比ではない」「福島第一原発の3号機もプルサーマルのMOX燃料であったので、あれは水素爆発ではなく核爆発をしているはずである」などなど大変興味深い話をくださった。

脇ゆうりかさんは、東葛地域にどれだけの汚染がされたのか、千葉茨城県を1キロメートルメッシュに区切り、土壌のサンプリングを行った結果を話して頂いた。これだけ大規模な土壌検査をやった民間団体はないのだ。今後は土壌検査のメッシュを狭めて多地点でのサンプリングを目指し、福島県へと繋がっていきたいと考えている。そうしてどうすれば子どもへの内部被爆を少なくできるのかということを熱く語ってもらった。
わたしは福島県の河川の汚染状況の話をした。

するとどうだろうか。いつもの年ならば、講演のあとの質問など殆どないのに、この日ばかりは違っていた。座長である私が時間のコントロールできないほど、会場は熱いムードに包まれたのだった。
質疑応答の時間はフリーディスカッションと化し、その後の晩餐の時間になっても止まる事の無いディスカッションが続いたのだった。
私は長らく東京都支部で学術の仕事をしており、年間3〜4回の勉強会を企画してきたが、これほどまでにフロアーから真剣な意見やご自身の思いを語って頂いた事は、かつて一度も無いことだった。
現役を退かれたドクターの中には、「今の自分には社会に繋がるチャネルが無くなってしまった、それが大変無念であり焦りを覚える」という発言まで頂いた。

たった今の政治状況はもちろんのこと、「この嘘で塗固められた日本は、あの戦争の大本営発表と何ら変わらない。違うとすれば私たちがこうして危機意識を共有できるということだけだ」「もはや原発に賛成か反対かなどと言う瑣末な問題ではなく、この国の存亡の問題だということしっかりと広めなければならないと気がついた」「こんな有意義な議論を、今日のこの場だけではなく大きく広げるためには何をすればいいのか、それを考えてゆかなくては」という話が、晩餐のテーブルのあちらこちらから上がったのだった。

そう。ここまできて、日本の女性医師は長い眠りから目覚めたのではないだろうか。
子どもを産み育て、生涯で数えきれないほどの患者さんと寄り添ってきた女性医師たち。
あのチェルノブイリでも、まず立ち上がって声を出し「事なかれ主義のエライ男性医師」に喰ってかかって子どもたちの惨状を暴露したもの、名も無い女性医師たちであったのだ。

11月10日、わたしの目の前で日本の女性医師たちは何かを変えようと動き始めた。少なくとも、わたしの意図を遥かに超えるシンポジウムになったことだけは確かな事だった。

チェルノブイリの女性医師たちの魂は、わたしたちがしっかりと受け継ごう……そう心に誓った夜だった。


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