東京新聞

2014年1月15日 水曜日

【秘密保護法 言わねばならないこと】

(9)医療不信生む恐れ 医師 青木 正美氏

写真

 閉鎖的とされてきた医療の世界は二十年ほど前から、風通しが良くなった。それまで医師側のものだったカルテは患者自身のものになり、医師も隠さなくなったからだ。特定秘密保護法は、患者と医師の関係を引き裂こうとしている。

 特定秘密を扱う公務員には適性評価が行われる。調査項目は薬物や精神疾患、飲酒などの個人情報で、多岐にわたる。政府から照会を受けた病院には回答義務があるとされている。

 患者となる公務員のほとんどの個人情報が政府に持っていかれてしまっては、公務員は体調を崩しても病院に行けないし、医師にも不信の目を向ける。

 医の倫理に関するジュネーブ宣言では「患者が亡くなった後でも、信頼されて打ち明けられた秘密は尊重する」とある。秘密保護法はこの精神を傷つける。

 反対する医師と歯科医師の会の署名者は成立時には三百人程度だったが、いまや五百人を超えた。医療分野でも反発は広がっている。

 十九年前に阪神大震災が起きた。私は被災地でボランティアをしたことを機に、災害復興学を研究している。東京電力福島第一原発事故は、私にとって想定外の現実を生んでいる。福島のあちこちで医師と患者の信頼関係が崩れている。

 原因をたどると、放射能の被ばくを恐れている患者や子どもを持つ母親らが「正しい情報が明らかにされてない」と感じていた。政府が事故直後、放射能に関する情報を出さなかったことが、目の前の医師を「自分の命を守ってくれる人ではない」と本能的に感じさせてしまっている。秘密保護法は国民の医療不信すら招きかねない。

 あおき・まさみ 1958年生まれ。麻酔医。特定秘密保護法に反対する医師と歯科医師の会呼び掛け人。

 


ページトップへ Top of page