ドクター青木のぞうさん日記

makenaizone主宰の青木正美が、自分の生活の中でできるボランティアとは何かを考え、実行してみよう、そんな四方山話を綴ります。
Dr Aoki's Prescription...

まけないぞう 2013.6.20

2013年6月20日 木曜日

南海トラフ地震(最近は東海・東南海・南海地震を一緒にしてそう呼ぶ事にしたらしい)の発生がそう遠くないことは、よく知られていることだ。150年の周期で起こってきたこの地震では、日本の人口の51%が居住する地域で起こる巨大地震だ。

中央防災会議では南海トラフ地震の発生を「国難」として、あらゆる想定を出している。
しかし先頃発表された南海トラフ地震の被害想定には何故か、東海地震の震源域の真上にある浜岡原発や中央構造線に位置し大規模な揺れが予想される伊方原発について、何も触れられていない。

南海トラフ地震のワーキンググループを率いたあの河田恵昭氏ですら、想定しきれない程の被害が起こるのだろう。
裏を返せば、亡国の被害規模になるということに他ならない。

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2006年夏、わたしは石橋克彦氏(神戸大学名誉教授)から東海地震について教えを受けた。その時、石橋氏から浜岡原発の被害想定について話を聞き、わたしの考えていた東海地震の規模とは桁が二つほど違ってくるのだと言う事に初めて思い当たった。
以来、原発震災について自分なりに考えてきたつもりだった。

しかし今回、わたしの想定は、脆くも一気に吹き飛んでしまった。
わたしが何よりも一番見誤っていたことは、放射能汚染に因る被害の多寡に関することではなかった。
福島県民の方々の医療不信が一気に高まったことだった。あるドクターの名前を聞いただけで、反射的に顔を背けるという状況が今や恒常的になっていて、全く国や県の原発事故対処の医療に対して信頼感がない。
これまで日本が経験した大災害と決定的に違っているのがここだ。このような大規模震災の後でこのような医療不信が被災地に起こるとは、わたしは思ってもみなかった。

この医療不信をどうやって解決してゆけばいいのか、で、今そのことに対してどのセクションの誰が心を砕いて努力をしているのだろうか。そんな動きは全く見えないのだが、ならば本当にこのままでいいのだろうか。

原発事故問題は、原発事故から復興してゆくその未来に残こる問題の幹は、健康問題なのである。
この国が続く限り、原発に因って心身共に被害を被った人々は、医療機関に関わりを持ちながら生活をしてゆくこととなる。だからこそ、しっかりと被災者の信頼に応えるような医療を行ってゆく事こそ、最も大切な事項ではないだろうか。

福島県に起こっている、この大きな医療不信に対して、何となく知ってはいるのだが報道されていないことで、日本の社会は中央政府はマスコミは、こぞって見て見ぬふりをしている感がある。
すると結果はどうなるのだろうか。今の世代は事故を目の当たりにしているので、健診に行くモチベーションがまだあるだろうが、将来の次の世代には健診に行くモチベーションが無くなってしまいやしないだろうか。わたしはそれが心配で心配でたまらない。

この国では、また原発を動かそうという機運になっている。であるななば、たった今、福島県に起こっている「異常事態」を十分に解析をして、次の事故が起きた時に備えることをしなければならないはずだ。
原発を再稼働をするということは、これだけ短期間に福島県及び北関東・東葛地域が受けたダメージの真髄を、エネルギー政策の中枢に居る人々は、何一つ見ていない理解していないという証ではないのか。

だとすれば、被害情報の収集と解析とそこからの状況を想定する能力が、余りにも稚拙すぎる。否、それが「故意」で当局の方針であるならば、尚更、危険な状況ではいか。
民主党政権時代からつづく為政者や電力会社を取り巻く、こうした無責任な黒い企みに関して、私たちはどうすればいいのだろうか。何とかせねば、本当にマズい。考えれば考える程、焦燥感と徒労感にまみれる夜だ。

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2013.6.19

2013年6月19日 水曜日

今日、原子力規制委員会が原発の新規制基準を発表した。これを受けて、政府は止まっている原発を順次、再稼働してゆく方針らしい。だが、ちょっと立ち止まって考えてみなくては、と思う。
未だ福島第一原発の被害が全く確定していない。被害者の保障も先が見えていない。毎日毎日、汚染地下水の増加に歯止めが効かない。

なのにもう終わったかのように平然を装って止まっている原発を動かすのであれば、国は私たち国民にしっかりとした説明をするべきではないか。
「日本政府は原発を動かしたいのだが、国民はどう思うのか」と堂々と私たちに問うべきではないのか。
問われた私たち国民は、この問題をしっかりと考えて議論を尽くさなければならないだろう。

で、その少ないチャンスの一つが夏の参議院選挙ではないのか。
マスコミの世論調査によると参議院選のイシューは、相変わらず経済問題に終始する。しかしそれは本当なのだろうか?
景気は悪いより良い方がいいだろう。しかしバブルのようにいつかは弾けとんで、飛んだら何もかも失ってしまうような状況を、全ての国民が望んでいるとはどうしても思えないのだ。

この地震多発期の時代に、まだ「原発ありき」で行くとどうなるのか。そんな先の事をまるで考えていない人々は、わたしに言わせれば「無責任」で「無関心」で「無知」の塊だ。そんなのは知性ある大人とは言えないではないか。百万が一、それが「福島前」であるならば仕方もないだろう。しかし私たちは、たった今、「福島後」の日本を生きているのだ。あの事故の一部始終を目撃して尚、原発の必要性を心底望む人々はわたしの周囲には驚くほど少ない。あなたの周囲もきっとそうであるはずだ。耳をそばだててみて欲しい。

で、反対の理由は、原発立地の地域でなくとも、私たちの国は大きな被害を被ったからではないのか。放射能汚染はまだまだ続いてゆくのだ。子や孫の世代まで脈々と続いていく事だろう。
だからこそ、今を生きる私たち大人は、原発問題にもっと責任を持って当たってゆかなくてはならないと思っている人々が実はどんどん増えている。

参議院選挙のイシューをアベノミクスとするのか否かは、だから、ほとんどマスコミの誘導にかかっていると言っても過言ではないのだ。
原発問題では長らく続いているマスコミのミスリードが、私たちの「無責任」や「無関心」や「無知」を生み出してきた。だからこそ今度こそ、勇気あるマスコミがしっかりと問うて欲しいのだ。

ひとり一人の記者が、既にもう気がついている「次の災害への準備」として、たった今何をしなければならないのかを、今こそテーゼする時がきているとわたしは思う。

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2013.6.18

2013年6月18日 火曜日

原稿を消してしまひぬ空の梅雨

アスファルト割つてヒルサキツキミソウ

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2013.6.17 朝の写真

2013年6月17日 月曜日

東京に居る平日には、午前8時過ぎにマンションの部屋を出て、北側のエレベーターホールに向かう。その窓から見える風景をiPhoneで撮って、Twitter とFacebook とmakenaizoneのHPにアップしている。先日からはBlogger.comにもアップしている。

その日の目で見る空と川の記録なので、最近では遅刻しても写真を撮りに北側エレベーターホールに走る。

写っているのは隅田川の中州である佃島から、真北を向いた写真だ。空気の澄んだ日には東京スカイツリーのすぐ左に筑波山が見える。

こうして毎日写真を撮っていて、一番辛いのが、同じような空模様の日が続く事だ。わたしが最も苦手な時期が1月から2月の頃の真冬の晴天のころ。抜けるような雲一つない「美空」、これが続く時期が苦手だ。

空の表情は雲にある。雲からの日差しの濃淡、風の向きも雲で分かる。だから少しでもいいので、雲が欲しい。ところが真冬の美空には雲がない。のっぺらぼうの空なのだ。これが3日続くとがっかりしてくる自分がいる。

美空の次に苦手なのは、梅雨だ。梅雨の時期も本当に毎日変わり映えがしない。それで、ここのところの数日は、少し萎える朝なのである。

で、そういう単調な景色の朝には、船を待つ。船は大切なアクセントになるからだ。出勤前のひととき、はやる気持ちを抑えながら、船を待っているのだが、そんな時に限って一艘も現れない現実。それで今朝は船を待ちすぎて、ちょっと遅刻しちゃったりした朝である。

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2013.6.16 父の日

2013年6月16日 日曜日

今日は父の日だった。

父が死んで7年目。これまで特段に父が恋しいと思う事もなかったのだが、非常に用心深い人だったので、もしも今の時代を見ていたら何と言っただろうかと、時々思う事がある。

父はまた、たいへん歴史が好きな人だった。父方の祖父は信州の生まれ、祖母は仙台の生まれだったこともあって、東北の歴史には大変に詳しい人だった。
なので、例えば、坂本龍馬が盲目的にヒーロになっている小説やドラマなどには、ひじょうに批評的だった。

それで、今年は日曜日になると、時々父を思い出す。NHKの大河ドラマ『八重の桜』を見るたびに父を思い出す。

それにしても、今さらながら東北への仕打ちは厳しい。江戸城の無血開城の代わりとして振り上げられた拳は、会津を初めとした奥羽に下ろされ、その後も第二次世界大戦でも過酷な戦地に出兵を余儀なくされ、原発立地県にもなってしまった。

そういう歴史の流れから考えてみると、今の政治家が東北の震災からの復興や、放射線障害から子ども達を救うことに対して、かなり鈍感に見えてしまうというのはわたしの単なる思い過しではないのかもしれない……。

ふと、そんな事を、亡き父に聞いてみたくなった夜だ。
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