ドクター青木のぞうさん日記

makenaizone主宰の青木正美が、自分の生活の中でできるボランティアとは何かを考え、実行してみよう、そんな四方山話を綴ります。
Dr Aoki's Prescription...

原発事故の被災者の暮らしと尊厳について、もっともっと光を当てて考えてゆかなければならないと、改めて心に刻んだ。

2012年6月23日 土曜日

6月22日の22時からNHK震災ドキュメント2012『ふるさとは奪われた』を見た。

 

埼玉県の騎西高校に今でも残っている、双葉町の役場と避難所で暮らす町民の現状を追ったドキュメントだ。今も200人の町民が加須市の騎西高校の一次避難所に暮らしている。

 

ふるさとでの暮らしを奪われた双葉町の人々。

福島県内に残った町民と役場とともに騎西高校に移ってきた町民とが、幾重にも引き裂かれてゆく。県内に残った町民と騎西高校に移ってきた町民との間には深刻な対立がある。

番組では、90代から10代までの何人かの避難者にスポットを当てて追っていた。

事故から1年3ヶ月以上になった双葉町民の姿は、想像を超える苦悩があった。

幾重にも引き裂かれて、国にも見捨てられたと言う双葉町の人々。心も身体も壊れてゆく姿が鮮明に描かれていた。

 

確 かに双葉町といえば、何十年も帰れる見込みのない線量の場所だ。番組の趣旨は、双葉町の町民が引き裂かれてゆく原発立地自治体の状況を見せているのだが、 そうしてもちろん双葉町の問題はとてつもなく大きな問題なのだが、誤解を恐れずに言えば、被災者が引き裂かれているのは、何も双葉町に限ったことではない のではないか。

福島県の中通りにも原発で被災した場所は沢山あって、引き裂かれた被災者は沢山いるのではないか。会津にもまた。

あるいは、なにも福島県だけに限ったことではない。関東にも線量の高い場所が沢山ある。

 

避難した人、しなかった人、出来なかった人……千人いれば千通りの引き裂かれた人々がいて、千人居れば千人にそれぞれが抱えた事情がある。

原発事故という原因があって、被害を受けたという事実がある。しかし、一人一人受けた被害は、本当に千差万別なのではないか。

確かに根本的な原因は原発事故であっても、もはやそれは一次的な原因でしかなく、一年3ヶ月も経てば、二次的三次的な沢山の問題が積み重なって、被災者に襲いかかり苦しめているに違いない。

 

もちろん、そんな人々を法律的にバックアップしようと立ち上がっている人達も少なからず居る。

「裁判外紛争解決手続」ADRも立ち上がって仕事をしてもいる。

けれども、法律だけでは救済できない事柄も、急速に進んでいるのではないかと、私は暗澹たる気持ちになった。

 

例えば高齢の被災者や孤独を極める被災者たち。

これまでの災害復興の途上でも、いつのどんな災害でも、私たちはそういう被災者の存在を知りながら、全てに手をさしのべられない状況を見聞きしてきた。

17年前の阪神淡路大震災の被災者でさえ、未だに十分な救済がされてはいない実情を、私もよく知っている。けれども、今回の原発事故の災害は、状況の深刻さが格段に深い。

 

災害はいつどんな形で起こるのか分からない。

その中で原発事故に関しては、最悪の場合は一瞬にして、家族も住まいも仕事も全て奪われる可能性がある。災害復興を他の地域でしなければならないという、その他の災害とは一線を画した災害である。

法律や制度や、ましてや損害賠償金だけでは決して購うことができないほどの大きなダメージを受けるのが原発災害なのだ。だからこそ、二度と事故が起こらないようにしなければならない。

こうして暮らしや尊厳が奪われてしまった福島の人々が、誰よりも強く、原発再稼働反対の意思表示をしている事実を、私たちは決して忘れてはならないと思う。

そうして、原発事故の被災者の暮らしと尊厳について、もっともっと光を当てて考えてゆかなければならないと、改めて心に刻んだのだった。

*********

福島県郡山の横田有美さんからのFacebookでのコメントを以下に再録いたします。 (続きを読む... more...)


金曜の夕方 官邸前で考えた

2012年6月23日 10:20

6月22日、金曜日の外来を終え急いでタクシーに飛び乗った。

日比谷通りから総理官邸へ向かってゆくと、財務省前あたりからどんどん人が多くなってゆく。

19時20分ごろ、車が渋滞しはじめたので霞ヶ関の交差点で降りて、人の波に合流した。

先週はもっと官邸近くまでタクシーで行って「ここが最後尾」といプラカードに並んだのだが、22日はどこが最後尾なのか分からないほど、人が増えていた。

官邸周囲をぐるりと人が囲んでいるようだった。

 

わたしは東京の中央区で生まれ育ち、今でも住まい、仕事もしている。

東京で行われるデモの地点まで、行こうと思えば簡単に行ける所にわたしは居る。

けれどもこれまでの数少ないデモの経験では(例えば、イラク戦争反対のデモなど)、デモに行っても全然意義があるように思えなかった。

組織動員の人々がたくさん居て、色々な幟が立っている。幟の別々にシュプレヒコールをする。みんな不幸せそうな顔で、並んで歩く。

もう10年以上前になるだろうか。あるイベントに参加していたのだが、組織系の人々との活動では嫌な思い出だけが残った。

以来、どんなに近くでデモがあっても、わたしは足を運ぶ事はなかった。

 

けれども、今度は黙っていられなかった。

日本は今、地震の活動期のただ中にある。

2011年の311を体験したわたしたちは、今の状況をもっと大きな時間の軸で考えなくてはならないだろう。

3000年余りに及ぶ日本の歴史は、災害の歴史と言っても過言ではない。

大地震や火山噴火、追い打ちをかける台風、大水、引き続く感染症や飢餓との闘いだった。

地震には「活動期」と「非活動期」がある。日本はいつの時代も、地震の非活動期に栄え、活動期には混乱して来た。

そうして今まさに、私の目の前で、長い非活動期が終わり、活動期が始まったのだ。

 

これまで日本列島は、数えきれないぐらい災害に見舞われてきたし、現在のような地震活動期を何度も経験してきた。

けれどもこれまで、原発がなかったからこそ、今日という日に至っているのではないか。

そういう意味で、わたしたちは今、大きな歴史の岐路に立っているのだ。

残念ながら、福島原発の事故を無かったことにすることはできない。元の美しい福島に戻すこともできない。過去を変えることはできない。

けれども、わたしたちは未来を変えることができるのではないだろうか。

地震を止めることはできないけれども、原発を止めることはできるのではないだろうか。

 

「原発を止めると、経済が停滞する」

「原発技術が無くなると安全保障上の抑止力が無くなってしまう」

 

そういう人々に、何度でも言おう。日本という国が亡くなっては、元も子もないのだ。

福島原発の事故の収拾だけでも、これから大きな大きな負の課題を何世代も背負ってゆく運命にある。

そして次の原発事故があれば、その瞬間に、この国は全てを失ってしまうだろう。

国際的に抑止力のつもりが、日本という国の自滅の元凶となろうとしているのだ。

 

次の地震が起こるのを、わたしたちは決して止めることはできない。

けれども、日本という美しい国を子どもたちに引き継ぐために、原発だけは止めようではないか。

******

まけないぞうと山本太郎 官邸前のツーショットかな


日本災害復興学会ニューズレターの原稿

2012年6月18日 月曜日

2007年の発足以来、広報&編集委員をしている『日本災害復興学会』のニューズレターに
「makenaizone」のことを書くことになった。700字弱で何が伝えられるだろうか……。


『makenaizone.jp』


昨年の春、311のあと途方に暮れながら診療しているクリニックに、被災地NGO恊働センターの
村井雅清さんから段ボールが届いた。何だろうと箱を開けてみると、果たしてカラフルな
「まけないぞう」が沢山出てきた。そのとたん、待合室の患者さんの顔がパッーと明るくなった。
私はペインクリニックという痛みの外来の開業医をしている。箱を開けたとたん痛みのある
患者さんから一斉に歓声が上がったのだ。

311で東京は揺れに揺れた。復興も遅々として進まない、福島原発の事故も見通しがたたない。
けれども、自分には役に立つような手伝いもできない日々だった。
「そうだ!まけないぞうを応援しよう」。同じように思ってくださった患者さんたちと、
makenaizoneという応援団を作る事になった。

ロゴマークを考えてくれる患者さん、タオル集めに奔走してくれる患者さん、私の幼なじみが編集長
になってホームページも作った。編集長はオーストリア在住のため、記事はなるべく英語とフランス
語に翻訳をしている。
昨年7月には我謝京子監督とともに東北に行き、被災地NGO恊働センターの増島智子さんの案内で、
実際に「まけないぞう」を作っておられる避難所や仮設住宅を回った。それが『311、ここに生きる』というドキュメンタリー映画になり、昨年の第24回東京国際女性映画祭に招待されて、映画祭の初日グリーンカーペットを「まけないぞう」と共に歩くことになった。

「まけないぞう」を通して、被災地と繋がっている。
「まけないぞう」を見る度に被災者のことを思い出す。
「まけないぞう」は、被災地と私たちの心の架け橋なのだ。わたしはmakenaizoneを通じて、
これからも世界中に「まけないぞう」発信し続けてゆこうと思っている。


みわ子さんのパリっと!

2012年6月7日 木曜日


まみちゃんパリっと

2012年6月4日 月曜日

ページトップへ Top of page